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【第2回】 2013/2/7(木) >> バックナンバー
 

 

 

 

 

 【第2回】 暮らしの中心だった・上

 

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 私の育った東京都品川区の戸越銀座は、関東大震災直後、被災した土地を逃れてきた東京の下町や横浜方面の商業者が移り住んで始まったといわれている。当時、京浜工業地帯の要所として発展していたJR山手線 大崎駅に程近い全長2キロ以上の一本道に少しずつ店舗が集まり始め、西品川~豊町~戸越~平塚といった土地に商店街を形成していった。

 西品川の三ツ木通りから戸越銀座通りの2キロ以上の通りは、大崎駅周辺の工場で働く労働者や下請けの町工場で働く人々の町として第二次世界大戦を乗り越え、昭和30年代から40年代後半にピークを迎える。

 

 昭和38年生まれの私は、一番、商店街が輝いていた時代に少年時代を過ごしたと言えるだろう。大正末期に創業した時計店で二人の姉がいる末っ子、父親は2代目として時計店を継承していた。

 毎日が縁日のようで、通りは買い物のお客様であふれていた。夕暮れ時には八百屋から景気のいい掛け声が響き、うなぎ屋の店先には煙が立ち上り食欲をそそる匂いが漂い、肉屋のショーケースでは揚げたてのコロッケが最前列を陣取る。

 毎日当たり前のように見えていた光景・・
 商店街は「暮らしの中心」だった。

 

 

 
街の灯りふたたび
 
昭和30年代の戸越銀座通り
七夕祭

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~著者プロフィール~

 

 

 

亀井 哲郎 (かめい てつろう)

 

昭和38年 戸越銀座生まれ。

 

家業の宝飾・時計・眼鏡販売店

「ギャラリーカメイ」を営む。

 

若くして、 

戸越銀座銀六商店街振興組合

理事長に就任。

 

商店街のブランド化などに取り組み、戸越銀座を全国区の商店街に育て上げた人物の1人である。

講演会なども全国で多数行っている。

 

 

 品川区商店街振興組合連合会では専務理事を務める。

 

http://www.togoshiginza.jp/

 

 

 

品川区商店街連合会
東京都品川区西品川 1-28-3 中小企業センター4F
TEL:03-5498-5931 FAX:03-5498-5933