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【第2回】 2013/2/7(木) >> バックナンバー
 

 

 

 

 

 【第2回】 暮らしの中心だった・上

 

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 当時小学生だった私は、学校が終わると、すぐには家に帰らず隣接する戸越公園へ直行した。三角ベースボールや、探偵ごっこ、缶蹴り、夏には池に忍び込み四つ網で魚やザリガニを取り、竹竿に鳥もちを巻きつけトンボを追いかけていた。公園を管理する監督さんには、いつも追いかけられ叱られて逃げ回っていた。

 

 その当時の戸越公園は、子供たちが日暮れにお腹がすくまで遊ぶ場所だった。商店街はそんな子供たちの社会勉強も担っていた。帰りに商店街を通ると、近所のおじさん、おばさんが「てっちゃん、お帰り!今日は早いね!学校どうだ!?」と声をかけてくれ、こちらも歳の離れた近所のおじさん、おばさんに「~ちゃん」付けで返すのがあたりまえだった。興味本位に隠れてタバコを吸い見つかった時など、自分の親以上に叱られて面食らったのを覚えている。街ぐるみで生活をしていた。

 


 
戸越公園

 

 大きなショッピングセンターやテーマパークもないから、買い物も、ちょっと遊びに行くのも地元や近所の商店街。

 街には、八百屋さん、肉屋さん、魚屋さん、文房具屋さん、金物屋さん、お菓子屋さん、駄菓子屋さん、パン屋さん、酒屋さん、お茶屋さん、牛乳屋さん、洗たく屋さん、薬屋さん、うなぎ屋さん、居酒屋さん、電気屋さん、洋品屋さん、呉服屋さん、宝石屋さん、本屋さん、お風呂屋さん、花屋さん、不動産屋さん、写真屋さん、家具屋さん、ミシン屋さん、パチンコ屋さん、靴屋さん、床屋さん、パーマ屋さん、お米屋さん、煙草屋さん、おもちゃ屋さん、時計屋さん、葬儀屋さん、印刷屋さん、眼鏡屋さん、中華料理屋さん、甘いもの屋さん、お蕎麦屋さん、お鮨屋さん、洋食屋さん、おでん屋さん、瀬戸物屋さん、お豆腐屋さん、お惣菜屋さん、ケーキ屋さん、和菓子屋さん・・もう何でもすべて揃っていた。

 

 文房具屋のおばちゃんは狭い店内にうずたかく積まれた商品の中から、リクエストに答えて必ず目当ての品物を探し出す、おでん屋の前を通ると「はいよ!」と言っていつもの笑顔で昆布巻きをくれる、親戚のおじさんはパチンコ屋に行くと必ずチョコレートを勝ち取ってきてくれた。

 

 

 

*次回は、2/14(木)公開予定です。お楽しみに!

 

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~著者プロフィール~

 

 

 

亀井 哲郎 (かめい てつろう)

 

昭和38年 戸越銀座生まれ。

 

家業の宝飾・時計・眼鏡販売店

「ギャラリーカメイ」を営む。

 

若くして、 

戸越銀座銀六商店街振興組合

理事長に就任。

 

商店街のブランド化などに取り組み、戸越銀座を全国区の商店街に育て上げた人物の1人である。

講演会なども全国で多数行っている。

 

 

 品川区商店街振興組合連合会では専務理事を務める。

 

http://www.togoshiginza.jp/

 

 

 

品川区商店街連合会
東京都品川区西品川 1-28-3 中小企業センター4F
TEL:03-5498-5931 FAX:03-5498-5933